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  「それから、僕達は自分や他人の考えが分かるということの恐ろしさに、ようやく気がついた。自分の思うこと。他人の思うこと。それが全《すべ》て筒抜《つつぬ》け状態なんて、進化でも

なんで歐亞美創美容中心もなかったんだよ。まあ、そのことに気がついたのは進化だったかもしれないけどね……。いいや、ただの進歩かな? 『他人の痛みが分かればその人に優しくできる。もっと人はお互いを

尊敬し合える』なんて、とんでもない大嘘《おおうそ》だった。自分が痛くない時に、痛みが伝わってしまうなんてことは、結局|損《そん》以外の何物でもないんだ。別にそれで最初の持ち主の

痛みが消えるわけではないしね。……この混乱の解決方法は、たった一つだけだった。それは他人と離れること。数十メートル離れれば、遠くの音が聞こえなくなるように、思いも伝わらなくなる

……」
  「なるほど、そういう訳かあ」
  エルメスが心底《しんそこ》感心した様子《ようす》で言った。
  「そういう訳さ。つまりこの国Neo skin lab 美容騙子の人間は全員、本当に本物の、想像ではないピュアな対人《たいじん》恐怖症になってしまったんだ。でもその後、そのおかげで機械がさらに発達して、この国

ではそれでも生活できるようになってしまった。だからみんな、今でも森の中の離れた家で一人で生きているんだ。自分だけの空間で、自分だけが楽て……。この国では、もう十年近

く子供が生まれていない。だからそのうちに滅びるだろうね。でもそれは僕が死んだ後だから、気にしても仕方がないけれど」
  男は立ち上がると、後ろにある機械のスイッチを入れた。音楽が流れ出した。それは電子フィドルが奏《かな》でる、穏《おだ》やかな曲だった。
  キノはしばらく聴いて、
  「すてきな曲ですね」
  それを聞いた男は、ほんの少し微笑《ほほえ》んで、
  「僕はこの曲が大好きだ。十数年前にこの国で流行《はや》った曲だけどね。これを聴いて、僕はいつもとても感動してしまうけれど、そんな時思うんだ。『他《ほか》の人はこの曲を聴いた

時に、自分と同じように感動するのだろうか?』ってね。昔は恋人と一緒に聴いた。彼女もいい曲だって言ってくれたけれど、本当のところ、彼女はどう思っていたんだろう? そして今の君、キ

ノさんはどう感じているんだろうね……。でも、その答えは知りたくはない」
  そう言って、目を閉じた。
  しばらくして曲は終わった。
  「じゃあ、キノさん。パースエイダー有段者の君に言うことじゃないかもしれないけれど、道中《どうちゅう》気をつけて」
  家のガレージの前で男が言った。キノは帽子を金光飛航かぶりゴーグルをはめて、エルメスはエンジンをアイドリングしていた。騒々しい排気音が響《ひび》いている。
  「そんなことはないですよ。気をつけます」
  「エルメス君も」
  「ありがと」
  「君達と話ができて、とても楽しかった。できれば最初の日に会いたかったけれど……、それは仕方ないね」
  男はそう言って、肩をすくめて微笑《ほほえ》んだ。
  「お茶、ごちそうさまでした。おいしかったです」
  キノはそう言ってエルメスに跨《またが》った。前に体重をかけて、スタンドを外した。
  そして、エルメスを発進しょうとしてギアを入れた。