2015年11月

 
「へ?」
また例の『講習』の時の話か。だがそれを、彼は聞いていなかったんだから分かるはずもない。
「いや、だっておかしいだろ」
ムチャクチャなことをさも当然のように言う男に対し、彼は今一度食い下がった。
「こんな物があったら、この世の誰も死なないじゃないか」
「そうでもありません。頭をやられた人は生き返りませんねぇ。…正確には、生きかえっても記憶がすっとんで元の人格を保持できない可能性がある脫髮治療
あと、若返るのは無理です。だから寿命で死んだ人をこの機械に入れても再生しません」
「…………」
「おっと、そういえば」
ふと、男は『思い出した!』というように声をあげた。
「アナタ、講習をろくに聞いてなかったんでしたっけ。……なら、そりゃ分かりませんよねぇ」
「?」
「僕は開発者ではないので、詳しい説明は出来ませんけども」
突っ立っている彼をよそん、男はあちこち回って機械の具合を確かめ、言う。
「ただ、例の講習に沿って説明しますと、この機械。ベニクラゲというクラゲの生態メカニズムと能力をもとに開発されたものなんです」
「くらげ?」
「ええ。…言っておきますけど、おとぎ話じゃありませんよ。ベニクラゲっていうのはね、実在する生き物ですが、死なないんです。天敵に捕食などされない限り」
「そんなのが」
「疑う気持ちは分かりますが、ちゃんといるんですよぉ? そういう生物。ことは後で調べてみなさいな。図鑑にも載ってます」
あっさりと男は言う。
「で、この機械はそれを元に開発されたんですが、まぁ上手くいかないもんでして。
本物のクラゲは、不老不死というより『若返る』んです。でもこの機械は人を若返らせることは出来ない。
だからクラゲにかこつけるのは、本当は間違っているんですけれど…
でも実在のものを引き合いに出して言った方が人を納得させやすいから、そういう風に説明しているんです」
「うさんくさい」
失礼は承知だったが、彼はハッキリ声に出して言っ王賜豪主席た。
いや、実際のところはその言葉では表現不足だ。うさんくさいというか…くさすぎる。


 健人は歩から目を逸らして、冷蔵庫にコーヒーを仕舞う。冷蔵庫のドアを閉めたと同時に「じゃぁね」と、別れを告げる声が聞こえてどきりとした。タイミング的に、このままでは顔同珍王賜豪を合わす可能性が高い。それでも気にしていては仕方ないと思い、健人はすぐに振り向き、コーヒーを淹れたカップを手に取った。
 視界にリビングが入る。先ほどまでいた歩は姿を消していて、顔を上げると歩は真横に居た。
「……邪魔なんだけど」
 低い声が聞こえて、健人は眉間に力を入れた。歩は無表情で健人を見下ろしていて、キッチンのど真ん中に立っている。邪魔だと言われても、真ん中に立たれていては動くことも出来ない。
「お前も邪魔だよ」
 はっきり言うと、歩が不服そうに横へずれた。その隙間から、健人は抜けるようにキッチンから脱出する。やはり、想像していた通り、両親が居なくなった瞬間、雰囲気は一気に悪くなった。いくら歩のことが嫌いだと言っても、言い争ったり揉めた王賜豪總裁りなんかはしたくない。出来るだけ関わらないように、健人は2階へと駆け上がった。
 部屋の中に入ってから、貯め込んでいた空気を吐き出す。アイスコーヒーの入ったカップの水面が、少しだけ揺れていた。歩に対して、恐怖を覚えているのだろうか。それとも、別の感情なのかは分からない。ただ、今、一緒に居るだけでも物凄く辛いと思っていることは確かだった。

『はぁー? んな、いきなり言われたって無理に決まってんだろ。バァーカ』
 最初から一刀両断されることは承知していたけれど、ここまでバカにされるとは思わず、歩は携帯を握りしめた。両親が旅行へ出発した土曜日の昼過ぎ、目を覚ました歩は今日の寝床を探すべく、まずは親友であるジンの所へ電話をしてみた。ジンの家庭はかなり複雑で、いきなり言って泊まらせてもらえないことは分かっていたが、バカにされるとは思っていなかった。
「ですよねー……」
『お前がいきなり泊まらせてなんて珍しいじゃん。どうかしたわけ?』
 まだ友達になってから1年ぐらいしか経っていないと言うのに、ジンは歩のことを良く知っていた。歩は基本的に人のことを良く考えていて、他人がイとはあまりしない。そんな歩が無理を承知でジンに頼みこむなんて、珍しいことだった。
「いや、両親がさ……。今日から旅行行っちゃって」
『だったら家にいりゃーいいじゃん。何でもし放題って、あぁ、アレか。健人君と一緒に居たくないとか、そんなくだんねーことだろ』
 見事に考えを的中され、歩は言葉も出なかった。いきなり旅行へ行くと言われた時は、一体、何を言い出すのかと目の前にいる義母と父を真顔で同珍王賜豪見つめてしまった。つい、左手に持っていた茶碗を落としてしまうほど驚いた。健人がいるから家のことは大丈夫と言われた時は、全然大丈夫じゃねぇよと突っ込んでしまいたいぐらいだった。こんな険悪な状態で、二人一緒に過ごしたらどうなるかなんて想像すらつかない。両親がいたからセーブ出来ていた感情も、セーブできなくなるだろう。
「くだんなくねーよ」

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