健人は歩から目を逸らして、冷蔵庫にコーヒーを仕舞う。冷蔵庫のドアを閉めたと同時に「じゃぁね」と、別れを告げる声が聞こえてどきりとした。タイミング的に、このままでは顔同珍王賜豪を合わす可能性が高い。それでも気にしていては仕方ないと思い、健人はすぐに振り向き、コーヒーを淹れたカップを手に取った。
 視界にリビングが入る。先ほどまでいた歩は姿を消していて、顔を上げると歩は真横に居た。
「……邪魔なんだけど」
 低い声が聞こえて、健人は眉間に力を入れた。歩は無表情で健人を見下ろしていて、キッチンのど真ん中に立っている。邪魔だと言われても、真ん中に立たれていては動くことも出来ない。
「お前も邪魔だよ」
 はっきり言うと、歩が不服そうに横へずれた。その隙間から、健人は抜けるようにキッチンから脱出する。やはり、想像していた通り、両親が居なくなった瞬間、雰囲気は一気に悪くなった。いくら歩のことが嫌いだと言っても、言い争ったり揉めた王賜豪總裁りなんかはしたくない。出来るだけ関わらないように、健人は2階へと駆け上がった。
 部屋の中に入ってから、貯め込んでいた空気を吐き出す。アイスコーヒーの入ったカップの水面が、少しだけ揺れていた。歩に対して、恐怖を覚えているのだろうか。それとも、別の感情なのかは分からない。ただ、今、一緒に居るだけでも物凄く辛いと思っていることは確かだった。

『はぁー? んな、いきなり言われたって無理に決まってんだろ。バァーカ』
 最初から一刀両断されることは承知していたけれど、ここまでバカにされるとは思わず、歩は携帯を握りしめた。両親が旅行へ出発した土曜日の昼過ぎ、目を覚ました歩は今日の寝床を探すべく、まずは親友であるジンの所へ電話をしてみた。ジンの家庭はかなり複雑で、いきなり言って泊まらせてもらえないことは分かっていたが、バカにされるとは思っていなかった。
「ですよねー……」
『お前がいきなり泊まらせてなんて珍しいじゃん。どうかしたわけ?』
 まだ友達になってから1年ぐらいしか経っていないと言うのに、ジンは歩のことを良く知っていた。歩は基本的に人のことを良く考えていて、他人がイとはあまりしない。そんな歩が無理を承知でジンに頼みこむなんて、珍しいことだった。
「いや、両親がさ……。今日から旅行行っちゃって」
『だったら家にいりゃーいいじゃん。何でもし放題って、あぁ、アレか。健人君と一緒に居たくないとか、そんなくだんねーことだろ』
 見事に考えを的中され、歩は言葉も出なかった。いきなり旅行へ行くと言われた時は、一体、何を言い出すのかと目の前にいる義母と父を真顔で同珍王賜豪見つめてしまった。つい、左手に持っていた茶碗を落としてしまうほど驚いた。健人がいるから家のことは大丈夫と言われた時は、全然大丈夫じゃねぇよと突っ込んでしまいたいぐらいだった。こんな険悪な状態で、二人一緒に過ごしたらどうなるかなんて想像すらつかない。両親がいたからセーブ出来ていた感情も、セーブできなくなるだろう。
「くだんなくねーよ」